民泊が「安全・安心」な滞在インフラとして機能するための条件
民泊が「安全・安心」な滞在インフラとして機能するための条件
「安全」があるからこそ「安心」が生まれる──滞在インフラに求められる備え
ーー民泊が滞在インフラとなる場合の「安全・安心」とは、どのような状態を指すのでしょうか。旅行者、地域住民、地域全体のそれぞれの視点から教えてください。観光における「安全・安心」を考えるうえで大切なのは、「安心」が先にあるのではなく、客観的な「安全」が確保されて初めて、心理的な「安心」が生まれるという順序です。旅行者にとっての「安全」とは、平時には消防設備や避難経路、衛生管理、本人確認、緊急連絡体制が機能していることです。災害時には、必要な情報を受け取り、適切に行動できることが求められます。旅行者は地域の避難場所や交通事情を十分に把握していないことが多いため、どこへ避難すればよいのか、交通が止まったときにどこで待機できるのか、誰に連絡するのかを、宿泊前から分かるようにしておく必要があります。地域住民にとっては、宿泊者が住宅地で混乱したり、地域の避難所に一斉に集中したりしないよう、宿泊施設ごとの避難誘導や一時待機の方法をあらかじめ定めておくことが、「安全」につながります。その結果、日常生活への影響を抑えることができ、普段の生活を守る「安心」にもつながります。地域全体としても、宿泊施設、交通事業者、行政、DMO(※4)、消防・警察などが連携し、旅行者を含めた災害時の情報共有と受け入れ体制を整えておくことが重要です。民泊でも、「安全」が確保されてはじめて「安心」が成り立つという点は同じです。特に、住宅地や地域の暮らしに近い宿泊形態だからこそ、ゲストの安全だけでなく、住民が安心して暮らせる環境との両立が欠かせません。そのため、住民生活に配慮した管理体制やルールづくりも重要になります。
※4 DMO:観光地域づくり法人。地域の観光資源を活かし、自治体や事業者などと連携しながら、観光地経営や受入環境整備を担う法人。(観光庁「観光地域づくり法人(DMO)」とは」)
住民生活を守るための管理体制と制度設計
ーー地域住民の生活の「安心」を守ることが大切とのことでした。ゲストに地域のルールや生活環境を理解してもらうために、ホスト、住宅宿泊管理業者、プラットフォーム、自治体には、それぞれどのような役割が求められるのでしょうか。民泊は、地域の暮らしに近い場所に滞在できる点も価値となる一方で、住民にとっては、日常生活のすぐ近くに宿泊機能が生まれることにもなります。深夜の出入りやキャリーケースの音、ゴミ出しなどが、地域の生活環境に影響する場合があります。ゲストに悪意がなくても、地域の生活ルールを知らないまま滞在すれば、住民との間に摩擦が生じかねません。そのため、地域のルールや生活環境を事前に共有することが欠かせません。ここで重要になるのが、レスポンシブル・ツーリズム(※5)の考え方です。旅行者にも、滞在中は地域の一員として、地域の暮らしや住民、環境を尊重する行動が求められます。そのためには、ゲストの意識だけに委ねるのではなく、ホスト、住宅宿泊管理業者、プラットフォーム、自治体などが、それぞれの立場から地域のルールや注意点をわかりやすく伝える必要があります。民泊はホテルや旅館よりも地域の生活空間との距離が近い分、事前の情報共有や管理体制がより重要になります。
※5 レスポンシブル・ツーリズム:「責任ある観光」と訳される概念。旅行者が訪問先の地域・住民・環境に対して敬意を持ち、慣習、マナー、住民の生活などを尊重した行動をとることを求める考え方。(国土交通省九州運輸局「各種取組」)
ーー民泊の制度設計や運用は、地域ごとの住宅事情や観光需要に応じてどのように考えるべきでしょうか。「住宅宿泊事業法(民泊新法)」 (※6)は、住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者、住宅宿泊仲介業者を制度上位置づけ、それぞれに役割や義務を定めた制度です。一方で、地域ごとの土地利用や住民生活との関係にどう対応するかについては、なお検討すべき課題があります。過疎地域と都市部では、民泊に期待される役割も、発生しやすい問題も異なります。だからこそ、他の地域の規制や条例をそのまま移植するのではなく、住宅事情、観光需要、住民との距離感、既存の宿泊施設との関係を踏まえて、地域に合った運用を考えていく必要があります。ただし、地域合意のつくり方には実務上の難しさもあります。例えば、民泊1軒ごとに住民説明会を求めることが現実的なのか、近隣への事前周知や苦情対応をどこまで制度化するのか、どの範囲の住民の意見を反映するのかといった論点があります。また、合意を一度得て終わりではなく、稼働後の苦情や事故、地域への効果を検証し、運用を見直す仕組みも必要です。重要なのは、民泊を一律に規制することでも、無条件に推進することでもありません。地域ごとの事例とデータを積み重ねながら、住民、事業者、自治体にとって無理のない活用と管理のあり方を探ることが必要です。
※6 住宅宿泊事業法(民泊新法):一般住宅を活用した宿泊サービスを対象とする宿泊制度

民泊を地域と共に育つインフラへ
ーー最後に、これからの観光政策において、民泊を地域と共に育つ滞在インフラとして位置づけるためには、どのような視点が必要になるのでしょうか。民泊を地域経営の中に位置づけるには、どのような地域を目指すのかという「ビジョン」、運営や調整を担う「組織」、地域価値の保全と受入環境整備を支える「財源」を一体で考える必要があります。そのうえで、地域の条件に応じた管理体制や制度設計、住民との関係づくり、安全・安心の仕組みを整える必要があります。民泊を無条件に推進するのでも、一律に規制するのでもなく、地域の実情に合った形で活用と管理のあり方を考えていくことが重要です。さらに、地域の価値をゲストに伝え、宿泊を通じて生まれた収益や交流を地域へ還元する仕組みがあれば、民泊は地域価値の循環を生む存在になるでしょう。地域の自然や文化、暮らしを活かして滞在体験を提供する以上、その価値を守り、次世代へつなぐ視点が必要です。こうした循環は、経済的な利益だけでなく、住民が地域の魅力を再認識し、誇りを持つきっかけにもなります。それは、金銭面だけではない「精神的な豊かさ」にもつながるでしょう。民泊を地域経営の中でどう受け入れ、どう管理し、どう活かすのか。民泊を単に「地域に受け入れられる存在」に留めず、「地域と共に価値を育てる存在」へと位置づけ直すことが、これからの議論の出発点になるのではないでしょうか。

國學院大學観光まちづくり学部 学部長・教授梅川智也氏
旅行・観光分野のシンクタンクである公益財団法人日本交通公社で約40年にわたり、日本各地の観光地の活性化、観光計画の策定、観光地経営、観光まちづくりに携わる。専門は観光政策、観光計画、観光地経営、観光まちづくり。
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